大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)1577号 判決 1973年6月22日
原告
横手富美子
被告
上田伊佐武こと上田勇
主文
被告は、原告に対し、金二九万円およびこれに対する昭和四五年六月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
この判決は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
(原告)
一 被告は、原告に対し、金一五〇万円およびこれに対する昭和四五年六月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決および仮執行の宣言。
(被告)
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二請求の原因
一 事故
原告は、次の交通事故により傷害および物損を受けた
(一) 日時 昭和四一年一二月一七日午後一時一五分ごろ
(二) 場所 柏原市大県通一丁目三番地四号先道路上
(三) 加害車 小型貨物自動車(四―MP五―四五一四一号)
右運転者 細尾晋輔
(四) 被害者 原告
(五) 態様 原告が道路端を通行中、後方から来た加害車に、さげていた買物袋をひつかけられ、原告は道路に転倒した。
二 責任原因
被告は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していた。
三 損害
原告は、本件事故により、左上膊挫傷、脳震盪、腰部挫傷の傷害を受け、昭和四一年一二月一九日から同月二八日までの間に六日位市立柏原病院に通院し、同月二九日から同四二年一月一三日までの間に五日加藤医院に通院、同年一月一三日から同年四月二八日まで国立大阪病院に入院、その後同年八月三一日までの間に六日同病院に通院、同四三年五月二〇日から同年九月六日までの間に一六日北野病院に通院して、治療を受けたが、現在でも頭痛、圧迫感があり、非常に疲れ易くなつた。また口がもつれ、右耳の聴力をまつたく失つた。なお、事故の際、ハンドバツグ、時計、オーバーを破損せしめられた。
よつて次の損害の賠償を請求する。
(一) 医薬費 三万円
(二) 入院雑費 一万六六〇円
(三) 見舞返し 八万六〇五〇円
(四) 通院交通費 二万三五二〇円
(五) 得べかりし利益の損失
原告は事故当時四六才で公務員として勤務するかたわら和裁の内職をし、その収入が年平均二六万五六〇〇円あつたが、事故後右内職を続けることができなくなり、右の収入を得ることができなくなつた。また勤務の方も欠勤が続いたため昇給が三ケ月ストツプし、このことによる影響は退職まで続くものと予測されるが、その損害は年平均四四六七円である。以上の損害のうち、本訴では左の通り内職収入の三年分と、昇給延伸による損害の八年分とを請求する。
1 内職収入 八九万六八〇〇円
2 昇給遅れによる損害 三万五七三六円
(六) 慰藉料 一〇〇万円
(七) 物損
1 ハンドバツグ 四五〇〇円
2 オーバー 二万八〇〇〇円
3 時計 一万一〇五〇円
(八) 弁護士費用 一五万円
四 よつて原告は、被告に対し、前記三(一)ないし(八)の合計金二二七万六三六六円のうち金一五〇万円およびこれに対する昭和四五年六月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第三請求原因に対する答弁および抗弁
一 原告主張の加害車が原告に接触した事実はない。
二 被告が原告主張の加害車の所有者であることは認める。
三 原告主張の傷害および物損の点は否認する。仮に原告の主張する傷害があつたとしても、事故によつて生じたものではなく、事故とは関係のない、氷上ですべつて転がつたことによるものであり、耳に関しては持病であつた。
四 仮に本件事故の発生とそれによる原告の負傷が認められるにしても、本件事故は、所持していた買物袋を被告車の「ロープのひつかけ」にひつかけるという原告の一方的過失により生じたものであり、かつ被告車の運転手細尾は細心の注意を払い、原告との間隔を十分あけて、原告が右のような行為に出ることはないと信じて運転していたものである。そうして被告車(自動三輪車)には機能、構造等になんらの欠陥、故障がなかつた。
第四証拠〔略〕
理由
一 〔証拠略〕を綜合すると、原告主張の日時、場所で原告が道路(幅約三米余)右側を歩いていたところ、後方から東進してきた細尾晋輔運転の小型三輪自動車の、ロープをひつかける留め金に、さげていた買物袋をひつかけられ、その場に転倒して負傷したことが認められ、右細尾証言中自動車が原告に接触したことはない旨を述べる部分は前掲各証拠に照らして措信し難く、ほかに右認定をくつがえすに足る証拠はない。
二 被告が右三輪自動車の所有者であることは、当事者間に争いがないから、被告は加害車の運行供用者であると認める。
三 〔証拠略〕によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告は、本件事故により、頸、左手、腰を打ち、軽いめまいを感じたが、その時は大した痛さを感じなかつた。
(二) 事故の翌々日(一二月一九日)市立柏原病院に行き、左上膊部の湿布を受けた。同月二一日になつて頭痛、吐気を訴え、同月二二日になつて腰痛を訴えた。同病院では三週間の安静加療を要する左上膊挫傷、脳震盪症、腰部挫傷と診断された。該当個所のレントゲン撮影を受けたが、それでは異常はみられなかつた。同病院へは、一二月一九日から同月二八日までの間に六日通院した。
(三) その後、原告は、頭痛、頭重感、眩暈等を訴え、人事不省となることがあつたりしたので、住所の近くの加藤医院に昭和四一年一二月二九日から同四二年一月一二日までの間に五日通院して治療を受けた。同医院の診断名は、頭部打撲による後遺症の疑いということであつた。
(四) 同年一月一二日頃から右のような症状がひどくなり、同月一三日国立大阪病院で診察を受けた。この時原告の訴えた症状は、頭痛、耳鳴、めまい、吐気、四肢のしびれ感などであつた。同日入院のうえ、諸検査を受けたが、左側上下肢の知覚鈍麻、腱反射の亢進が認められるほか、特別の所見は認められなかつた。同年四月二八日同病院を退院し同四三年八月三一日までの間に一〇日同病院に通院した。
(五) 右退院の後、原告は右耳の聴力障害を訴え、同四三年五月二〇日から同年九月六日までの間に四日北野病院耳鼻科に通院し検査を受けたところ、右耳の聴力は零と診断された。右聴力喪失は、感音系の障害によるものであつて、前記(四)の他覚的症状とあわせ考えると、頭蓋内の異常によるものと認められた。なお、原告は同年五月二〇日から同年八月三一日までの間に一二日同病院内科に通院して治療を受けたが、同病院での診断名は外傷性頸部症候群、浮腫(原因は不詳であるが、頸部損傷と関連したもの)ということであつた。
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。そうして、右認定の、原告の種々の症状は、前記一で認定した本件事故に起因するものであると認められる。被告は、原告の傷害は、本件事故とは別の、氷上で転んだことによるものであると主張するが、〔証拠略〕によれば、原告は前記(四)の入院前である昭和四二年一月八日前後の大雪の日に、滑つて転んだため勤め先を休んだことがあるが、それはその当日だけであつて、そのために格別の怪我はなかつたことが認められる。なお、前記葭仲、佐伯両証言によると、原告は事故前から耳が遠かつたことが認められるがしかし全然聞えないというわけではなかつたことも認められるから、右耳の聴力喪失は原告の持病であつて本件事故とは関係がない旨の被告の主張は採らない。
四 そこで、原告の被つた損害について検討するに、当裁判所が相当とみるのは次の通りである。
(一) 入院雑費 三万一八〇〇円
原告は、一〇六日入院したことは前記のとおりであり、右入院中一日三〇〇円の割合による一〇六日分合計三万一八〇〇円の雑費を要したことは経験則上これを認めることができる。
(二) 昇給遅れによる損害 二万二三三五円
〔証拠略〕によれば、原告は事故当時四六才で、柏原市に勤務する地方公務員として、事故当時は柏原中学校の用務員をしていたものであるが、本件受傷のため昭和四二年一月八日から五月六日まで勤務を休んだため、昇給を三ケ月延伸されたこと、このことにより原告が給与上受ける損失は一年平均約四四六七円であることが認められるところ、右延伸による不利益は昭和四二年以降五年間は続いたものと考えられるから、結局、原告は昇給を延伸されたことにより右四四六七円の五年分合計二万二三三五円の損失を被つたものと認めるのが相当である(原告は、右不利益の影響は原告の退職時まで続くとして八年分を請求するが、このように認めるに足る資料はない)。
(三) 慰藉料 三〇万円
前記一の本件事故の態様(ただし、後記原告の過失の点を除く)、前記三の原告の傷害の部位、程度、治療の経過等をあわせ考えると、原告が本件事故によつて被つた精神的損害に対する慰藉料額は金三〇万円とするのが相当と認められる。なお、本件弁論に顕出された取寄記録(本件事故にかかる自動車損害賠償保険金請求に関する一件書類)中の自動車損害賠償責任保険損害調査報告書(以下、単に自賠責調査報告書という)によれば、原告は右耳聴力喪失の後遺障害に対する補償として自賠責保険から五〇万円を受け取つていることが認められるので、右後遺障害による精神的苦痛は、右保険金により填補済みと認め、頭書の慰藉料額の判断の基になる事情には、右後遺障害による精神的苦痛の点は含ませていない。
(四) 着衣等損傷による損害 二万円
〔証拠略〕によれば、原告は本件事故の際、着用していたオーバー、時計、所持していたハンドバツグを破損せしめられたこと、右オーバーは生地代九五〇〇円、仕立代三〇〇〇円を出して作つたものであること、時計の事故前の価格は約一万五〇〇円であること、ハンドバツクは事故の三ケ月位前に四五〇〇円で買い受けたものであることが認められ、これらを綜合勘案し、右品物の損傷による原告の損害は二万円を下廻るものではないと認められるところ、被告はこれを自賠法三条の規定する「人損」として原告に対しその賠償義務を負うものである。
五 以上認定のほか、原告の主張する項目で、当裁判所が認められないとするもの(弁護士費用の点は後述)およびその理由は次の通りである。
(一) 医薬品
〔証拠略〕によれば、右は原告が薬局から購入した漢方薬等であると認められ、とくに医師の指示によつたわけでもないことが窺われるから、被告から賠償せしめるべきものとするのは妥当でない。
(二) 見舞返し
社交儀礼上の支出であつて、本件事故の損害として被告から賠償せしめるべきものとするのは相当でない。
(三) 通院交通費
その数額を確定するに足る資料がない。
(四) 得べかりし内職収入の損失
〔証拠略〕によれば、原告は和裁の内職で一ケ月平均三万円程度の収入を得ていたが、本件事故後少なくとも六ケ月間は右内職をすることができず、一ケ月三万円の六ケ月分合計一八万円の収入を失つたものと認められる(右期間以降も、内職ができなかつた旨の原告の主張は、直ちに措信し難い原告本人の供述以外に、これを認めるに足る適確な証拠がないから、採らない)けれども、前記の自賠責調査報告書によれば、原告は自賠責保険から治療期間の補償費として一九万八〇〇〇円の支払いを受けていることが認められ、これにより原告の前記損失は填補済みであると解せられる。
六 被告は、自賠法三条但書の免責を主張するけれども、加害車の運転手に過失があることは、前記一で述べた本件事故の態様からして明白であるので、右主張は採らない。
しかしながら、右認定の事故の態様から推すに、原告にも横を通る車の留め金にひつかけられるような仕方で買物袋をさげていた点で事故の発生と結びつく落度があつたといわなければならず、この点を斟酌すると、原告が被告に賠償を求めうべき損害額は、前記四の合計額からその三割程度を減額するのが相当であると認められる。
七 そうして、本件事案の性質、審理の経過および認容額に照らし、原告が被告に対して本件事故による損害として賠償を求めうべき弁護士費用額は三万円とするのが相当であると認められる。
八 以上の次第で、原告の本訴請求は、前記四(一)ないし(四)の合計三七万四一三五円からのほぼ三割を減じた金二六万円に前記七の三万円を加えた金二九万円およびこれに対する事故以後の日である昭和四五年六月二三日から完済まで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、その余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 林泰民)